正義中毒に近い依存症状?自分の承認欲求と優越感を満たすために嫌いな相手を見下し返していた過去

正義中毒

嫌いな人のSNSが気になって頻繁に見てしまったり、
マウントを取ったり、
相手の不幸を願ったり。

そういう過去の私の気持ちは、ドーパミンの中毒症状だったのかもしれない。
脳の快楽物質であるドーパミンを出したくて、依存症に近い症状が私に出ていたのかもしれない。

と気になったので、ブログに書くことにしました。

 

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頭の中であれこれ考えて、
なんとなく最終的に行き着いたことは以下の2つ。

  • 理性的な言動をし終えたら、嫌いな相手とは極力関わらないのが自分のためかも
  • ドーパミンを上手く利用して、なりたい自分になれたらいいなぁ

 

私がこれらを考え始めたのは、
中野信子さんが東洋経済オンラインに書かれていた以下の記事がきっかけです。

 

他人を許せない正義中毒という現代人を蝕む病
攻撃対象を見つけ罰することに快感を覚える

東洋経済オンライン:_ttps://toyokeizai.net/articles/-/346215

※URLは先頭のhを_に変えています

 

とてもおもしろくて、興味深い内容でした。
(興味のある方は読んでみてください)

 

正義中毒の考えをヒントに自分の言動を振り返ったら、とても勉強になる気がする。

 

と思ったものの、考えがうまくまとまらない。
あっちこっちに考えが飛んでしまう…

最終的に行き着いたのは上に書いた2つなんですけど、
どうしてそこに行きついたのか、
その過程がボヤっとしていて思い出せない…

 

ということで、ブログに書いて、考えをまとめながら、記録に残そうと思います。

 

正義中毒について考えたことをふまえ、
嫌いな人のSNSが気になってしょうがなかったり、
マウントをとって見下し返したいと思ったり、
人の不幸を願ったり。

大変恥ずかしい言動をしていた過去の私への振り返りと備忘録になります。
(長文です)

 

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正義中毒とは

始めに、東洋経済オンラインに書かれていた正義中毒の記事について振り返ると…

正義中毒

人の脳は、裏切り者や社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。
他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。
この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象を常に探し求め、決して人を許せないようになるのです。

引用元(東洋経済オンライン):_ttps://toyokeizai.net/articles/-/346215

※URLは先頭のhを_に変えています

このような状態は、依存症とほとんど同じ認知構造をしているとのことです。
(基本的に依存症と名のつくものは、ドーパミン過剰が関わってるっぽい)

 

依存症とほとんど同じということは…

自分が正義中毒の状態かどうか。
自分自身で気づくことがとても難しく、
自覚できたとしても、抜け出すことがとても難しい。

 

そして上記記事より、正義中毒に陥らないようにするには、自分自身を客観的に認知する能力が必要らしく。
自分を客観的に認知する能力は、脳の前頭前野の重要な機能とのこと。

 

前頭前野は加齢に伴って萎縮してしまうのですが、脳もあくまで体の一部なので、その部位をよく使っている人とそうでない人とでは機能に違いが出てきます。
前頭前野が衰えていない人は、普段から「自分はこう思う」「こうに決まっている」といった固定化された通念や常識・偏見を鵜呑みにせず、常に事実やデータを基に合理的思考や客観的思考を巡らせている人だと言えるでしょう。

 

逆に言うと、普段から固定化された通念や常識・偏見を鵜呑みしやすいとしたら、前頭前野の機能が衰えてる可能性が高いってことですよね…

しかも、加齢によって前頭前野は委縮してしまう…
使ってないと前頭前野の機能が衰えてしまう。

とても恐ろしい。

 


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この記事を読んでいろんなことを思ったんですけど、
とりあえず端的に私の感想を言うと…

 

私も正義中毒にならないように気を付けないと…

自分が誰かを「許せない」と思って攻撃したい(何か言いたい)と思ったら。

本当に主張したいから言うのか、
それとも、
攻撃することで自分が快楽物質(ドーパミン)を出したいから言うのか。

言う目的を自問自答して、自分で気づけるように意識しないといけないなぁ。

私は攻撃してドーパミンを出したいだけなのかも、と自覚したら…
それで良いと本当に自分で思うのか、ちゃんと考えないといけないなぁ。

自問自答して、理性的に冷静に考えていくことが大事なのかも。

 

感情的になってしまうこともあるけど、
正義中毒にならないように頑張って意識して自問自答して、
前頭前野の機能を衰えさせないようにしたいなぁ。

 

正義中毒について、そんな感想を抱きました。

 

そして思ったんですよね。

「わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚える」
「快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象を常に探し求め、決して人を許せないようになる」

そもそも人の脳とはこういうものなんだ、と。

道徳的に悪いと言われている良くない言動だとしても。
本能的に人の脳は快楽を感じる(ドーパミンを出す)もの
なんだなぁ、と。

 

とすると…

もしかしたら、私が過去抱いた、道徳的には悪い気持ち。
これもドーパミンと関係があったりするんだろうか。

例えば過去の私は、嫌いな人のSNSが気になって頻繁に見てしまっていたし。
見下してくる相手を見下し返して何が悪い!と思っていたし。

これは正義中毒のように、ドーパミンによる依存症みたいな中毒症状が出ていたのだろうか?

 

ということで、今回の正義中毒と関連するようなドーパミンが出る例をネットで調べてみました。

なお、間違っている内容もあるかもしれませんし私の主観だけで考えた話になります。
ご注意ください。

 

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ドーパミンが出る例

承認欲求

承認欲求とは、以下の欲求のこと。

  • 他者から認められたい(他者承認)
  • 自分を価値ある存在として認めたい(自己承認)

これらの承認欲求が満たされて嬉しさを感じると、脳内に快楽物質であるドーパミンが出る。

 

承認欲求には2種類あるんですね。

自分が自分自身のことを価値があると認めたい「自己承認」というのもあるんだ。
(知らなかった)

そして本能的に、他者でも自己でも、自分を認められるとうれしい。
快楽物質のドーパミンが出る。

承認欲求を上手に利用すれば、
前向きな行動の原動力になる場合もたくさんあるような。

自分がどう利用するかが大事で、承認欲求自体は良くも悪くもない。

 

今回、正義中毒を承認欲求に注目して考えると…

「裏切り者や社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰する」

ネット情報によると、

「自分が正しいことをしているという感覚を持てる」だけで、自己承認は満たされるらしい。
加えて、少数派であるわかりやすい対象を攻撃してるから、自分に賛同する多くの他者から認められる可能性も高くなる(他者承認)。

自己承認と他者承認の欲求をめちゃくちゃ満たしてくれる。

 

ということは…
正義中毒は承認欲求を満たしてドーパミンをたくさん出す方法として、とても効果的なんですね。
だから依存症みたいな中毒症状が出やすい、と。

これを制御できるかは自分の理性。
前頭前野を使って自問自答するしかないってことなんだろうなぁ…

 

優越性の追求

人は他人より優れていたい「優越性の追求」という本能を持っている。
優越性を感じることができると、脳からドーパミンが分泌されるようにできている。』

 

そもそも人の脳は、こういうものなんですね。
優越感を得られるとうれしく感じる。
自分が上の立場でいたいと思うのは、人の本能的には自然なことなんだ…

例えばテストで1番になったり、スポーツ大会で優勝したり。
他人より優れているとうれしい。

負けず嫌いも優越性を追求してるということになるのかな。

「優越性の追求」も自分がどう利用するかが大事で、そのこと自体は良くも悪くもない。

 

正義中毒で言うと、
わかりやすい攻撃対象を攻撃してるわけだから、相手を高確率で屈服させることができる。
相手を蔑んで下にみることができるので、相対的に自分の立場が上になって優越感を得られる。
だから快楽物質のドーパミンが出る。

 

あと話がそれるんですけど、調べていて興味深かったのは、「シャーデンフロイデ」。

シャーデンフロイデとは…
自分が手を下すことなく他者が不幸、 悲しみ、苦しみ、失敗に見舞われたと見聞きした時に生じる、喜び、嬉しさといった快い感情。
人が、シャーデンフロイデという感情を持っているのは、人間が、他人より優れていたいと欲する「優越性の追求」の本能をもっているから。

俗にいう「人の不幸話は楽しい」みたいなやつですよね。

つまり、人の脳は、他者が不幸だと本能的に快楽物質のドーパミンが出る。

 

でも道徳的に、人の不幸で喜ぶ気持ちは良くないものだ、と知っているから。
脳にドーパミンが出て快楽を感じても、前頭前野でその感情に伴う言動は制御してる
、ということなのかな。

話がそれました。

 

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「こんなヤバい人に比べれば私は全然マトモ」への依存

過去の私の話にこれらの例をあてはめてみると…

私はAさんが嫌いなんですよね。
Aさんと直接関わったことはありませんし、やり取りやコメントをしたこともありません。
過去、AさんのSNSの投稿を見て、私が一人で嫌っていた、という状況でした。
(今はAさんのSNSを見ていません)

 

AさんのSNSの投稿は、私から見ると、大変失礼な言い方をすると
「マジでヤバイ人」なんです。

だから、AさんのSNSを見ると
「こんなヤバい人に比べれば私は全然マトモ」と。

私の自己承認(承認欲求)と優越感を満たしてくれる。
私のドーパミンが出る。

 

嫌いな人という時点で、私にとって正しくない行動をしている人なわけで。
そういう人を見ていれば、私は正しいと私が自分自身を認めることができる(自己承認)。
優越感を得ることもできる。

「Aさんが見下してくるんだから見下し返して何が悪い!」と思っていたけれど。
AさんのSNSを見てそう思い続けていたことで、
私の脳からけっこうな量のドーパミンが出ていたのかもしれない。

だから、私はAさんのSNSを見ることをやめられなかったのかもしれない。
依存症に近い症状が出ていたのかもしれない。

(ちなみにAさんはかなり頻繁にSNSを投稿してたんですけど、短いスパンで大量のドーパミンが出ると依存症になりやすいらしい)

 

今冷静にAさんの投稿を思い返してみると…

Aさんは自分の承認欲求と優越感を満たすためにSNSを使っていたのかもしれないなぁ。
「あれらは何かの主張ではなく、Aさん自身の承認欲求と優越感を満たすための投稿」と言われると、とても納得できる。
(表垢でも似たような投稿をしてたので、Aさん自身にその自覚はないのかも)

AさんのSNSの投稿は、
主張したいことがあってつい感情的になってしまった、ではなく
そもそも自分の承認欲求と優越感を満たすことが目的だった、と。

 

ってことは…
AさんがAさんのドーパミンを出す目的で投稿していたSNSを見て、
「見下してくる相手を見下し返して何が悪い!」と私が思って、
一人で勝手に嫌って、
一人で勝手に自分の理性を失って、
一人で勝手に中毒症状が出て。

結果的に私自身の前頭前野の機能を衰えさせてる…

 

私は一体何やってんだろ。。
全然マトモじゃない…
めちゃくちゃ滑稽だな、意味不明だな、と思ったり。

 

マジで二度とやらないようにしたい。
と思いました。

 

嫌いな相手との付き合い方

となると、私は今後の人間関係で嫌いな相手と出会った場合、どうしていけばいいだろう???

 

理性的な言動をし終えたら、嫌いな相手とは極力関わらないようにするのが自分のためなのかも。

 

私自身、嫌いな相手と継続的に関わって、理性的に前頭前野で自分を制御できる自信がない。
過去の自分を振り返ると、特に嫌いな相手に対して、私は理性を失いやすいし。

それでいて、嫌いな相手であればあるほど、私は自己承認を満たすことができて、優越感を得ることもできるわけで。
そういうことを考えれば考えるほどドーパミンが出て、私が依存症のようになってしまう。
(冷静に考えれば私にとって良くないことだとわかっても、やめられなくなる)

 

今の私が継続的に嫌いな相手と関わってしまうと、
「嫌いな相手に何かをやめてほしい」ではなく
「嫌いな相手を見て自分で自分を認めたい。自分が上だと優越性を感じたい」が次第に目的と変わってしまうのかも。

私の前頭前野の機能が衰えていくような気がする…

 

と思うと、

嫌いな相手に対して私が理性的な言動をし終えたら、その相手とは極力関わらない、
嫌いな相手のことを考える時間を減らすように努力する。

というのが、今の私にとって
私の前頭前野の機能を衰えさせない方法なのかもしれないなぁ…
と思ったりしました。

 

ドーパミンを上手く利用したい

最後に、ここまでドーパミンによる依存症の問題点みたいなことばかり書いていますけど、
そもそもドーパミンが出ること自体は悪くないんですよね。

 

ドーパミンは、達成感や快感、爽快感、喜び、感動などをもたらしてくれる脳内物質らしく。
(他にもいろいろあるみたいだけど、ここでは割愛)

もし不足すると、無感動になったり無気力になったりするらしい。
ドーパミンは生きる意欲を起こしたり、やる気を出したりする、とても大切な物質とのこと。

でもドーパミンが過剰に放出されると依存症になってしまう。

 

私にとってドーパミンによる依存症で一番問題だと思うのは…

「他人を不要に傷つけたり迷惑をかけること」や、
「道徳的に自分として望ましくない言動をすること」でドーパミンを出している
からで。

それ以外のこと、
自問自答して理性的に考えて良いと思っていること。
それでたくさん快楽物質のドーパミンが出るなら、むしろいいような気がする。

人生がもっと楽しくなるに違いない!

 

なりたい自分になれるような良いと思えることでドーパミンを出して、
ドーパミンを上手く利用して、生きていけたらいいなぁ、と思いました。

 

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あとがき

今回、とても勉強になったような気がします。

 

どんなに道徳的に悪いとされてることでも。
醜い恥ずかしい言動だとしても。

人の脳は快楽物質のドーパミンを出す。
本能的に人の脳はドーパミンが出るようにできてるんだから。

それを自分がどう扱っていくのか。

他人を不要に傷つけたり、自分が望まない道徳的に悪い言動をしていても、
自分のドーパミンが出ていればそれでいいと思うのか。

理性的に考えて、自問自答して、前頭前野を衰えさせない人になりたいなぁ、と思いました。

 

そして、自分が良いと思えることでドーパミンを出せたらいいなぁ、と。

他人を不要に傷つけたり、自分が望まない道徳的に悪い言動ではなく。

自分にとっていいな、と思えることでドーパミンを出して、
ドーパミンを上手に利用して生きていけたらいいな、と思いました。

 

許せないと思う嫌いな相手と出会ってしまったとき、未来の私がこのブログを読み返しますように。

 

※個人の解釈になりますので、ご注意ください。